山下晴代の「積ん読亭日常」

まっとうな本を読んでいく。

『ヘイル、シーザー!』──心は硬派の血が通う〜♪(★★★★★)

『ヘイル、シーザー』( ジョエル・コーエンイーサン・コーエン監督、2016年、原題『HAIL, CAESAR!』

 つまらないと言っている人々は、以下のことが、たとえ漠然とではあっても、知識として欠けているのではないかと思った。

 1910年代から活動を始めたハリウッドには、それなりの歴史があり、とくに、1940年代後半から50年代にかけて、大々的なシステムの崩壊に見舞われた。「それはまず、映画とは無縁の企業家たちによる驚くほど野蛮な撮影所の買収ゲームとして始まる」(蓮實重彥『ハリウッド映画史講義』)
 テレビの登場による映画産業の衰退、最高裁による独占禁止法抵触への判決によって、製作部門と営業部門の分離の義務づけ。「赤狩り」による左翼映画人の追放。
 本作はまさに、そういう時代に設定されている。ゆえに、ジョシュ・ブローリン扮する「仕事はきっちり」の、プロデューサーというにはその仕事が、あまりに多岐にわたる「何でも屋」は、その当時をときめくロッキード社からたびたび、引き抜きの魔の手が伸びる。この頃から始まったロ社の「悪事」のひとつ、核実験の写真を、いかがわしい中華料理屋(?)で見せられ、ブローリンはハッとする。しかし、いかなる好条件をも蹴って、ハリウッドに忠義をたてる。一応「経験なクリスチャン」で、ときどき教会で告晦を行うも、その内容は、「禁煙を誓ったけど、二三本吸ってしまいました」だ。「困ったちゃん」の俳優たちに「贈る」容赦のない往復ビンタにも胸がすく(笑)。

 以下、ハリウッドにありがちなスターたちの、現実の姿が語られる。動物係のあんちゃんだったアルデン・エーレンライクは、その「器用さ」が買われ、カウボーイ役スターとなっている。しかし演技は「ど下手」。一見清純派のスカーレット・ヨハンソンは、結婚しないまま子どもを産んでも「お嬢さん」と呼ばれることを強要する、すれっからし女優。得たいのしれないフランシス・マクドーマンドの「ベテラン編集者」の「仕事ぶり」にも笑わせられる。

 しかし、本作の白眉は、なんといっても、お馬鹿な大物スター、シーザー役のジョージ・クルーニーの誘拐であり、犯人は、なんと、赤狩り対象たち、共産主義者集団である。このなかには、マルクーゼまでおり、激しい皮肉が効いている。まさに赤狩り対象たちの反逆である。さらに胸のすくことに、「みんなのあこがれミュージカルスター」のチャニング・テイタムが、共産主義者たちの「スター」でもあって、撮影所から奪った身代金入りスーツケースを持って、共産主義者たちの漕ぐボートに乗って海上に乗り出すと、そこに、ソ連の潜水艦が出現する。テイタムは金を持って亡命……という手はずが、共産主義者たちに預けた愛犬が、潜水艦に乗り移ろうとしているテイタムの腕の中に飛び込み、そのはずみで、大金の入ったスーツケースは……「ぼちゃん!」と、海中へ落ち沈んでいく──。一堂、あわあわあわ……とそれを見守る。ま、いっか。という表情をするテイタム。犬が彼の腕目がけて飛んだ際に、彼は愛犬の名を呼んだ。「エンゲルス!」(爆)……そう、ここで「爆」となれなければ、この映画は、とても、面白いとは言えないだろう。