山下晴代の「積ん読亭日常」

まっとうな本を読んでいく。

【詩】「難民」

「難民」

「85万人の難民と聞くと大変な数に思えるかもしれない。たしかに歴史的に見ればそうだろう。だがそれは、約5億人のEU人口の0.2%にすぎない。もし(この「もし」が問題なのだが)適切に対処すれば、世界一豊かな大陸に吸収できる数だ。難民危機のために社会的インフラが破綻寸前に陥っている国があるが、それはヨーロッパの国ではない。その最たる例はレバノンだ。レバノンは人口450万人ほどの小国だが、2015年の時点で、約120万人ものシリア難民を受け入れている。つまりレバノンに住む人の5人に1人が、シリア難民なのだ。この数字に、ヨーロッパの指導者たちは恥じ入るべきだろう」
「中東から来る人向けに大規模な第三国定住システムを立ち上げて、急ピッチで動かしていれば、多くの人はそれを信じて、危険な海の旅に出ずに中東で自分の番を待っただろう。そうすれば、ヨーロッパへの難民流入はもっと秩序だてて管理できたはずだ。トルコ政府も、ヨーロッパに出発しようとする人たちに労働許可を与えるなどして、第三国定住の順番が回ってくるのをトルコで待つように説得したかもしれない」(『ガーディアン』紙、移民専門ジャーナリスト、パトリック・キングズレー著、藤原朝子訳『シリア難民』より)

トルコの町、イズミル、それはもしかしたら、ホメロスのふるさとかもしれない。その町のほとんどの商店のショーウインドウを飾る、救命胴衣。AIのような顔した子どものマネキンが、オレンジ色のそれを見つけている。だが、その多くが偽物だ。

もしかして、あの少年は、偽物の救命胴衣を付けていたのかもしれない。あの、背中を向けた遺体となって海岸に打ち上げられていた少年。

あれも、もしかして、沿岸警察が、その偽物の救命胴衣を取り去り、背中を向けて、写真撮影したのかもしれない。

家を壊された人々が、天井もないゴムボートにぎゅうぎゅう詰めで乗り、ギリシアを目ざす。

かつては、ギリシアから収奪にやってきたというのに。そう、3000年くらい前の話か。

日に灼けたオデュッセウスの背中は、オリーブ油で光っている。粗末な筏で、10年ばかりさまよった。3000年前の10年が長いか短いか。それはトルコ出身のホメロスが作った話。彼から800年ほど前の時代のオハナシ。

30年前の南フランスで、地中海に足を浸した私の記憶では、9月初めの地中海の水は身を切るように冷たかった──。

そしてアエネイアスは、滅びたトロイアから、筏で、ローマを目ざす。そのときはローマという名前であったかどうか。新しい国の「父」となる。

ウェルギリウスはその一部始終を詩で表す。そして、ダンテを天上へと導く──。

ここに、詩人の仕事がふたたびめぐって来たように思う。光る海の水の上に、ひとの生を刻むために。