山下晴代の「積ん読亭日常」

まっとうな本を読んでいく。

奥泉光『東京自叙伝』──鈴木博之『東京の地霊』をオススメします

『東京自叙伝』(奥泉光著、2014年5月、集英社刊)

 それほど多くない読者を、内輪のウケねらいだけでお手軽に、しかし、「大作に見せかけるべく」長々と書き、厚い本にしているのは、高橋源一郎と同じ「純文学作法」である。私も、「地霊」には関心があったので、その地霊に東京の歴史を語らせると、なにかの解説にあったので、本書をすぐ求めて読んだ。確信犯的な、語りは相変わらずであるが、レビュアーのどなたかも書いていたとおり、題名と内容との齟齬に苦笑い。

 だいたい、地霊と言いながら、人物だの、動物だの、「語り手」=「視点」をどんどん変えて、空疎なおしゃべりを連ねているだけ。エンターテインメント系の新人賞なら1次も通らないのでは(笑)? こんなにお手軽に長編小説ができてしまうのか、の見本である。しかも、ちょっと内容があるみたいにするために「3.11」に絡めたりするのも、まったく確信犯的。

 参考文献を見ると、「地霊」について、きわめて示唆的な本、鈴木博之著『東京の地霊』が抜けていた。本作を見るかぎり、読んだ形跡はない。そもそも地霊の概念とは、英国十八世紀のものらしい。ラテン語では、Genius loki(ゲニウス・ロキ)。この概念を踏まえつつ、東京という土地の歴史的、政治的「変遷」を、「具体的に」表出した『東京の地霊』は、静かな衝撃を読者に与えずにはおかない。真に地霊を語るにふさわしいものとなっている。
たとえフィクションでも、なんらかの意味で、『東京の地霊』を意識し得なかったら、それは著者の勉強不足であろう。

 谷崎賞を与えられた『東京自叙伝』であるが、いまの日本の純文学界は、選考委員の方も大したことないので、なんの意味があるのかわからない。読者は正直だから、そう売れてない(Amazonレビュー数がそう多くないにもひとつの目安)ようなのを見ると、お金を払う価値はないのだろう。