山下晴代の「積ん読亭日常」

まっとうな本を読んでいく。

小谷野敦著『芥川賞の偏差値』──おもしろい~(★★★★★)

芥川賞の偏差知』(小谷野敦著、 2017年2月13日、二見書房刊)

 小谷野敦氏の本は二度と買わないと思ったが、恩田陸直木賞作品(題名覚える気ない)の近くに本書が積まれていて(@福岡ジュンク堂)、つい、こちらを買い物カゴに入れてしまった私である(笑)。

「まえがき」がちょっとした「文壇史」(芥川賞から始まっているので、伊藤整の『日本文壇史』というわけにはいかないが、それを彷彿とさせないこともない)になっていて、こんなにリキを入れて「まえがき」を書くのは、小谷野氏のほかには、ミシェル・フーコーをおいては他に知らない(笑)。まー、このヒトはなんでもリキが入ってしまうのである。なんでも真剣なのである。こういうヒトは、今の時代はまれだから、私は評価している。シュミはまったく合わないが。ほかのレビュアーが、「偏差知と言いながら、まったくの主観である」と書いているが、だいたい、偏差知だって、客観的な科学データとは言い難いし、本書の場合は、ただの「ネーミング」、「イメージです」でしょう。

 文学の評価など、主観以外にあり得ない。それは芥川賞の選考にだって言える。だいたいきょうび、ろくな選考委員がいないのに、その選考委員が選ぶものに、たとえ、結果として「おもしろいー」と小谷野氏が言っても(「コンビニ人間」とか。あたしゃ、全然おもしろくなかったが)、それはたまたまであって、まるで信頼できるものではない。それにつけても、下世話なことであるが、ビンボー人のあしゃ、「選考委員料」(謝礼?)が気になる(笑)。

 私の記憶としては、村上龍氏の『限りなく透明に近いブルー』が選ばれた時、選考委員の永井龍男が、「こんなものが選ばれるなら、私はやめる!」と抗議して辞任したと思いますが、どうですか。しかし、この作品のもとの題名が、「クリトリスにバターを」という題名だったとはつゆ知らず。そうでしたか。しかし、石原慎太郎太陽の季節」の、勃起したペニスで襖を破るなんてアホなシーンは、その後誰も書いてないでしょー(笑)。そして、今、『夫のちんぽが入らない』てな題名のエッセイ(?)が売れているらしいから、ま、時代はどんどん品性を失ってますナ。選考委員に品性が見られたのは、滝井孝作が選考委員をしていた時代で、この人が「いい」と言えば、たいていそれに決まってしまったぐらい力があったとか。

 なるほど、小谷野氏の主観ではあるが、ほかのレビュアーの方が書かれているように、芥川賞のレフェランスにはなるし、つい最近の山下澄人作品までカヴァーしているのは、さすがである。それに、松本清張「ある『小倉日記』伝」」には、まあまあの偏差知(64)が与えられているし、これらの作品を全部読んだなんて、まさに狂気の沙汰である(笑)。

 そうそう、当の小谷野氏自身も、「候補作家」であることは、どこにも書いていない(?)、意外な奥ゆかしさもあり、今回は、ほめ倒してみまちた(爆)。

 あ、今回の版元の二見書房は、もともとはポルノが得意の出版社で、ときどきまともな本も出していたところです。澁澤龍彦訳『O嬢の物語』もここから出ています。私の知るかぎり(って、小谷野氏ではないので、よくは知りませんが(笑))最高のポルノ小説だと思います。村上龍石原慎太郎も、まあ、ここまで書いてほしかったですね。