山下晴代の「積ん読亭日常」

まっとうな本を読んでいく。

#詩

【詩】「鎮魂」

「鎮魂」 T.S.エリオットは フランスの詩人たちを ゆるさなかった ダンテを ゆるしていた それはだれもが 「わかる」詩を書いたから つまり キリスト教徒なら 誰でも 地獄があり 三途の川があり 死者たちがおのれの 懺悔を語る 私は、 犬だろうと ひとの母だ…

【詩】「はーこ」

「はーこ」 はーこ、と となりの大家のおじさんはいった 私の名前は はるよ、なのに はーこ、と 遠州のおじいちゃんの妹の ぜいむしょのおばさんはいった 私の名前は はるよ、なのに 遠州の人たちも はーこ、と、いったのだった 「また、きないよ」 というの…

【詩】「あの墓地」

「あの墓地」 いちのみやの おばあちゃんの家の 庭から いつもみることのできた 黒い森 のなかの墓地へ さいしょ おじいちゃんが入り つぎに おばあちゃんが入り ついに あのときは おじいちゃんのひつぎを 打ちつけていた あさきにいちゃんまで 入ってしま…

【詩】「だめなんだ」

「だめなんだ」 だめなんだ 詩を書いたあといつも思う それでもう忘れることにして 次の詩を書く 果たしてこれは詩なのか? とも思う けれど何かを書きとめたくて 書いてしまうと 心が満たされて 寝ようと思う 「あの薄い本をベルクソンは八年かけて 書いた…

【詩】「青空」

「青空」 空は 青いもの と思った 青という言葉も 知らなかった 母の背中で 母は 庭の洗濯台で 洗濯をしていた あおい 粒子がわが幼年期を 満たし 母の背中で 母と一体となっていた 母のうなじが 宇宙だった 母が洗濯板に 石鹸を擦りつけると 真珠のような …

【詩】「ネルヴァル」

「ネルヴァル」 フランス人でも、ネルヴァルを読む者は、変わり者とされる。 パリより少し離れた田舎を舞台とし、初恋の少女をいつまでも思った。そして、パリの込み入った街路のどこか、廃屋のような場所で、縊死し、長らく発見されなかった。ゆえに、遺体…

【詩】「モランディ」

「モランディ」 マストロヤンニは作家志望だったが、結局、パパラッチから抜け出せず、豪邸にてどんちゃん騒ぎのパーティーに参加。ふと、壁の絵を見てつぶやく、 「モランディは完璧だ」 それから幾とせ、ボローニャを目指した。もう美術館はなくなっていて…

【詩】「夜よ物語を終えよ」

「夜よ物語を終えよ」 野球帽の ひさしの角度で 祖父と知れた 幾度も夢に現れて 夜の双六を 進めるように 勇気づけてくれた 実を言えばその男は 血のつながった祖父ではなく 祖母が 生きていくために同棲した あかの他人 それでも 私の祖父は そのひとしか …

【詩】「しかして、アエネーアースはローマへ向かう」

「しかして、アエネーアースはローマへ向かう」 トロイ戦争のおわり アマゾネスに助けられ、まるで 運命のように アエネーアースと名づけられた若者は、 イタリアへと向かう さまよう時間は七年 長くもあり短くもある、と、そこで、 作者ウェルギリウスは「…

【詩】「記憶」

「記憶」 魔女の歌声に聞き入る オデュッセウスよ、 海がかき消すものがあるとしたら、 それは記憶。しかしながら、わが故郷の川の底で、菫色に染まった、 あなたの記憶が生まれている。 まずい詩でも、朽ちた女神の神殿の 供物とせよ。

【詩】「春」

「春」 ホメロスという名の青年が 砂浜で眠りこけ 夢のなかに アテネという名の女神が現れるのを 三千年後 だれが祝福するか すなわち、 春である。

【詩】「古城」

「古城」 まーつかーぜ、さーわーぐー、おーかのうえ~と、いとこたちが歌っていたのを初めて聴いて、仰天した。父の実家の「遠州」にて。今は浜松市になっているが、当時は、静岡県周智郡春野町のそこは、まー、ドイナカだった。いつも、彼らに対して、「都…

【詩】「幸せは歩いて来ない」

「幸せは歩いて来ない」 だから、歩いていくんだね、 幸せのところまで。でも、 幸せってなんだーっけ、なんだーっけ? 突如頭に水前寺、そうだ、あれをダウンロードしよう……と思って、間違えて『三百六十五歩のマーチ』閏年にはどーすりゃいいんだ?は、さ…

【詩】「La douleur(苦しみ)」

「La douleur(苦しみ)」 マルグリット・デュラスの自伝的映画の邦題は、『あなたはまだ帰ってこない』だが、原題は、『La douleur』。痛みとも苦しみとも訳せるが、煩悶するような精神的ななにかだ。ゲシュタポに捕らえられた夫が帰ってこない──。マルグリ…

【詩】「『永久インフレーションからの滑らかな離脱?』?」

「『永久インフレーションからの滑らかな離脱?』?」 「永久インフレーションからの滑らかな離脱?」 これは、ホーキングの「最終論文」の題名である。つまり宇宙は永久に膨張するのではなく、限りがある、ということである。時間は組み込まれてなくて、そ…

【詩】「この日曜日(Este domingo)」

「この日曜日(Este domingo)」 そうして 子どもたちの日曜日は 終わってしまって 終わったという 事実だけが残り 一日の短さ だけが残り 時間の苛酷さ だけを学び 曜日というのは いつからできたのだろう? たぶん キリスト教徒が作ったのだろう 古い 化石…

【詩】「危険な情事」

「危険な情事」 ええと、グレン・クロースは、「その後」改心して、いまは、作家の、それも、ノーベル賞受賞作家の妻役で、どうもほんとうは、その作家の、ずばりいうけど、代筆!をしていたみたいなのだ。こういうのは、これまでも、分野は絵画だったりする…

【詩】「ラフォルグは27歳で死んだ」

「ラフォルグは27歳で死んだ」 冬が来る、と、ラフォルグは詩に書いた。それはそのまま終末の気配をまとい、100年以上が過ぎてしまった。訳者、吉田健一は、ボードレールよりラフォルグを買っていて、私の仏語教師の女性は、大学で仏文学を教える教授だが、…

【詩】「墓掘りのバラード」

「墓掘りのバラード」 オフェリアが美人だったかどうか、私の記憶では、シェークスピアは書いていないと思う。ただ気が狂って花々を摘んでいて川に落ち、溺れ死に、胸に摘んだ花々を抱えて流れていった──なんと美しい光景──、だから画家が絵にしている。川流…

【詩】「畠山みどり『ちょうど時間となりました』、あるいは、ジャック・タチ『プレイタイム』」

「畠山みどり『ちょうど時間となりました』、あるいは、ジャック・タチ『プレイタイム』」 去年(2018年)の暮れ、マイ・ライブラリーから、村田英雄関連で、畠山みどりがついでに出てきた。そして、古い、VHSを探っていたところ、テレビで録画して忘れてい…

【詩】「ダンシングオールナイト、あるいは、大菩薩峠」

「ダンシングオールナイト、あるいは、大菩薩峠」 もしかして、町田康原作、宮藤官九郎脚本の『パンク侍斬られて候』は、中里介山『大菩薩峠』を下敷きにしたものかもしれない。というのも、導入部の、巡礼の老爺を試し斬りするあたりはまったくそのまんまな…

【詩】「もしかして、鴎外は郷ひろみかもしれない症候群」

「もしかして、鴎外は郷ひろみかもしれない症候群」 石炭をば早や積み果てつ。 引用が半分以上の、高橋源一郎『日本文学盛衰史』を、講談社文庫で読んでいたら、二葉亭四迷のことを理解していたのは、鴎外と漱石だといふ箇所にいたり、突如、郷ひろみの顔が…

【詩】「落葉とくちづけ(ヴィレッジシンガーズ)」

「落葉とくちづけ(ヴィレッジシンガーズ)」 なにかジングルベルのような軽やかな鐘が鳴り響いているような前奏曲に続いて、清水ノノ道夫のバリトンが歌う、 せめて最後の慰めに、あなたと森を歩きたい、心を込めた言葉にも、冷たく木枯らし騒ぐだけ、作詞は…

【詩】「舟木一夫」

「舟木一夫」 安東次男は絶版にした集英社版『芭蕉七部集評釈』で、野ざらしの旅に飽きた芭蕉が名古屋で歌仙「冬の日」を巻くまでの「事情」をあれこれ類推しているが、その記述は、まるで俗な小説のようであり、私としては、「そんなこと、どーだっていいじ…

【詩】「きみはきっと来ない」

「きみはきっと来ない」 ひとりきりのクリスマスイヴ、うーがーあああ。 小西甚一センセイによれば、俳句というのは、基準がないので、歴史的にみていくほかないという。それぞれのお家元は、勝手な基準でやっているわけである。 日東の李白が坊に月を見て …

【詩】「ラストダンスはぼくと」

「ラストダンスはぼくと」 コーチャン、越路吹雪が歌っていた『ラストダンスは私と』。あなたのすきな人と踊ってらしていいわ、であるが、あれは欧米では男の歌で、ブルース・ウィリスやマイケル・ブーブレが歌うのは、『Save the Last Dance for me』で、ベ…

【詩】浪花恋しぐれ

「浪花恋しぐれ」 そらわてはアホや 酒もあおるし、女も泣かす、 けど、どれもこれも連歌のためや ゆうて、伊賀出身のはせをは旅に出た。若いじぶんから、なんたらという女がいて、隠し子までいたらしい。いでよ! 芭蕉の子孫! 芭蕉七部集の最初、「冬の日…

【詩】「氷雨」

「氷雨」 きえわびぬうつろふ人の秋の色に身をこがらしのもりの白露 建仁元年七月、1201年、藤原定家38歳、『新古今』所収。 安東次男は、集英社版の『芭蕉七部集評釈』と『続芭蕉七部集評釈』を絶版として、ちくま学芸文庫の『完本風狂始末』を正式な、芭蕉…

【詩】「復元」

「復元」 ドナルド・キーン氏には、吉田健一もそう書いているが、私も日本文学について多くのことを教わった。とりわけ氏の、ケンブリッジかオックスフォードでの修士論文? 近松門左衛門については。氏は、日本語の古語のテキストも深く読み取る力を持ちな…

【詩】「定家2」

「定家2」 The Tarahumara Indians have come down, sign of a hard year and a poor harvest in the mountains. Naked and tanned, hard in their daubed lustrous skins, blackened with wind and sun, they enliven the streets of Chihuahua, slow and …